Nothin' But Trouble

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zoom RSS あこがれの書庫

<<   作成日時 : 2008/03/28 04:06   >>

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唐突だが、書庫がある家にあこがれている。西洋では書庫(ライブラリー)があるのは教養のある家柄の象徴になっているし、東洋でも同じだろう。モデルハウスで本棚をここかしこに備え付けているのを見たことがある。さりげない装いが見せつけでない奥ゆかしさをかもし出していた。だが、自分の場合、現実問題として書庫が必要なのだ。普通の本棚には収まりきらないので、メタルラックを何段か重ね、それぞれ3重にして本を並べている。これだと奥になった本は取り出せないのだが、数は収納できる。これでも、ときどき古本屋に出したり、Amazonで売ったりして取捨選択した結果なのだ。
どうも小さいときから本に執着している。趣味は必ず読書と書くくらい、小さい頃から本の虫だった。本にはあらゆる面白いことが詰まっていると思っていた。文庫本を読むのは大人になった気がした。漫画を禁止されていたせいかもしれない。星新一が大好きで一時は新潮社のはすべて持っていたと思う。中央公論社の「世界の文学」や「日本の文学」が何冊か両親の部屋の本棚にあり、両親の居ない隙を狙って、こっそり読んでいた記憶もある。三島由紀夫や夏目漱石を始めて読んだのは確かのこシリーズでだった。家の改築や引越しでこのシリーズはどこかへ行ってしまいもう手元には無い。今はこういう重厚な装丁の本は流行らないのかもしれないが、本棚にあればなんだか嬉しいと感じるのじゃないかと思っている。そうだ、せっかく神田の古本屋街に近いのだから、今度少し探してみようか。
学校の先生が、ある著名な作家の方のご自宅を訪問されたときの話だ。そのお宅では、1階から3階までの吹き抜けがあるのだが、その周りが各階とも天井まで届く本棚で埋め尽くされているそうだ。その上に、隠し部屋(?)のようなミニ図書館があり、電動式の書棚がずらっと並べられていたそうだ。物書きの方々は資料としてもたくさん本が必要だろうから、そういうことに必然的になるのだろう。わが師も、自分の研究室は本で足の踏み場もなく、図書室とセミナー室に本棚を置き、更に新たにホールにも天井まで届く本棚を設けていらっしゃる。最近は、この本棚の整理を日課にしていらっしゃるのだが、どれだけの時間があれば全部読めるのだろう、はたして、自分が死ぬまでにこれほど読めるだろうか、という量である。読む量と思考の質はやはり比例するのだろうか。
書庫を持つには、マンションやアパートではダメだ。重さで傾くと聞いたことがある。かろうじてマンションの1階ならなんとかなるが、湿気対策が必要らしい。やはり理想は一軒家。だが、東京では、これは書庫を持つよりもハードルの高い夢のような気がする。ならば、今はせいぜい近所の区立図書館を我が物として利用するしかないか。家の本は必要最低限にして。

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